桐野夏生さんの「抱く女」を読みました。

dakuonna

ローズマリーです。桐野夏生さんの「抱く女」を読みました。

オススメ度★★☆☆☆

この主人公は、私自身だ――。1972年、吉祥寺、ジャズ喫茶、学生運動、恋愛。「抱かれる女から抱く女へ」と叫ばれ、あさま山荘事件が起き、不穏な風が吹く七〇年代。二十歳の女子大生・直子は、社会に傷つき反発しながらも、ウーマンリブや学生運動には違和感を覚えていた。必死に自分の居場所を求める彼女は、やがて初めての恋愛に狂おしくのめり込んでいく――。揺れ動く時代に切実に生きる女性の姿を描く、永遠の青春小説。 (「BOOK」データベースより)

「抱く女」を読んだ感想

主人公の直子は授業にも出ず、大学の友達がたむろしている吉祥寺という街でふらふらしています。

直子は、毎日をただ無為に過ごすことに力をそそいでいる。どうせ、この先、世の中に出て一生働き続けねばならないならば、今はこうして怠惰にすごしてやれ、という自棄な気分だけがある。

自分の意思をあまり持たず、誘われるままに男友達と飲みに行ったり、酔った勢いでその男友達とセックスしたり。その行為が自分自身を傷つけているようで、読んでいて痛ましくなります。

吉祥寺という街にも周りにいる男にも憎しみを持っているのに、なぜか憎しみの対象である吉祥寺へ毎日来てしまう直子。正直共感できません。

でも自棄になっている直子が心配で「大丈夫か 直子!しっかりするんだ。」という気持ちでするすると最後まで読んでしまうという不思議な作品でした。

ちょっと生きる目的を見失っている時、怠惰な気分になりそうなときに読むと逆に励まされるような気持ちになるかもしれません。

”この主人公は、私自身だ――”とあるように桐野夏生さんの作品の中ではリアリティのある小説です。

最近の作品はこういうのが多いですが、私はOUT、グロテクス、東京島のような荒唐無稽な作品の方が好きです。